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笑顔と涙よ、こんにちは

自分に気づく。そこから行動が変わり、気持が楽になっていきます。ため息は心の深呼吸。ちょっぴり上を向いて笑顔になりませんか?

親孝行

7月も終わり、徐々に日没が早くなっている感じがします。
30℃超えの猛暑も、これだけ朝晩が涼しくなればもう心配ない。
8月に入れば秋の気配が忍び寄ってくるでしょう。

今年の夏は、ダーリンが子ども部屋2つに扇風機を買ってくれました。
私の部屋にはない。
寝るだけだから。

もう30年くらい前になるかしら?
北海道で異様な猛暑があった。
エアコンが一般家庭にはほとんど普及していない北海道。
扇風機すらない家が多い。

私の実家は釧路市。
道東に位置しており、真夏でも気温は20℃前半どまり。
釧路の25℃は、体感温度としては札幌の30℃に匹敵する。

この年は、市内の家電店から扇風機が消えた。
札幌でも扇風機が手に入らない。
あちこち探し回って、なんとか個人商店の展示品をゲットした。
それを、実家に送ったのだ。

当時は、ネット通販は使ってなかったから。
PCも使っていないしスマホもまだなかった時代。

そういえば、お米も店頭から消えたことがあった。
政府がタイ米を緊急輸入した。
ばあちゃんが、地元の米農家から直接お米を買っていたので、
それを分けてもらって実家に送った。

今は、もう何年もお米は私が買って実家に送っている。
宮城の米農家さんに年間予約して自動的に宅配してもらっている。

市販のお米は信用していない。
正直に商売しているブランドものもあるけれど。
昔は東急ストアの自社精米を買っていた。
いつでもスーパーで買えるので便利だった。

ある年の「新米」が、初めて「明らかに古米混入」だったのだ。
「新米」のオレンジ色のラベルがついていて、いつも楽しみに食べていたのに。
ばあちゃんが買っている米は、はっきりいってマズかった。

二世帯住宅に建て替えて台所も全部別になってから、おいしいお米を買って食べていた。

そんな時、初めてのブログ(GREE)で知り合った人が宮城の米農家さんだった。
そこからつながったご縁で、もう10年以上のお付き合い。
ホームページもなく、地味な商売をしている。
信頼できるから、安心してお米を頼める。

今年も、もう少しで新米の時期。
今から楽しみだな。

昨日、玄米を精米してすぐにお米を炊きました。
わずかに胚芽が残っている感じですね。
思ったよりも精米機は手間がかからずお手入れラクラク。

夕飯は愛知県産のウナギで丼にしました。
お米が全然違います。
舌触りはやや固めだけれど、甘みが強くて味が濃いように感じる。

最高です(^_^)ゞ


ありがとうございます。
嬉しいことがありましたか?
何回笑顔になれたでしょう。
今日も、あなたの幸せを願って。
りょうこ

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昨日、お米のことについて書きました。
ところが、姑(義母)は私に「お米を分けて」とニコニコして言いました。
とりあえず5kg欲しいと。

お米を分けてあげた


お金は要らないと言うと「お金をもらってくれないなら、お米はもらわない」と言い張ります。
なので、5kgで1500円もらいました。
キッチリはかりで計量します(笑)
酸化しないように冷蔵庫で保存した方がいいよ、と言ってもききいれません。
10kgのお米の空き袋に入れて、納戸の蓋付の容器に保存するそうです。
「こうしないと、計りにくいでしょ」
5kgで1ヵ月ほど食べれるそうです。
自分で買うという選択肢はないようです。
娘婿がお米を頼んでいた先は、先日ご主人が亡くなったので、もう頼めなくなったそうです。
そんなこともあるのですね。
その方のお葬式に、ダーリンと姑が参列してきました。

マイペースがいちばん


こんな風に、まったく悪びれずにマイペースな姑です。
3年前に舅(義父)が肺の小細胞癌で亡くなったときには、ばあちゃんはひとりで生きて行けるのだろうかと、皆が心配していました。
自分で考えて決める、ということをしないでじいちゃんにすがって生きてきた人でした。
何でも人の意見を求めて決めてもらって、あとから散々文句を言います。
だったら、最初から自分の好きなように決めればいいのに、と何度思った事か。
そんなんで、大丈夫かしら?

脳腫瘍の手術


じいちゃんが亡くなってから、一人暮らしになったばあちゃんは、血圧が高いとか胸がドキドキするとか、からだの不調を訴えるようになりました。
私が血圧を測ったり脈を診て、大丈夫だよと説明すると、安心して眠ります。
私は、ボランティアで10年以上続けている夜の仕事があります。
月に一度しか出番はありませんが、#8000の電話相談員をしています。
19:00~23:00が勤務時間なのですが、ちょうどその出番で私が不在の夜にまた具合が悪くなって。
ダーリンが当番病院へ連れて行きました。
結局、血圧も心臓も異常なかったのですが、たまたま頭部のレントゲン写真を撮ったところ、偶然脳腫瘍が見つかりました。
両性のものでまだ小さく、腫瘍による圧迫症状などはありませんでした。
すぐに摘出手術のために入院しました。
手術後の後遺症もなく、無事に手術が終わりました。
なんとなく、じいちゃんが早期発見させてくれたのかしら、とみんなで感じていました。
術後1週間ほどで10日目に退院するよう「宣告」があり、まだ1ヵ月は入院していたいとばあちゃんは頑張りました。
しかし、私たちと医師・看護師の強い説得で、仕方なく予定通り退院したのです。
その後、順調に回復して、通院も必要なくなりました。
2年以上経った今では元気にパークゴルフや畑仕事に励んでいます。

思ったことは我慢できない


ウチのばあちゃんに限ったことではありませんが、歳をとると今思ったことはすぐにやらなければ気が済まなくなります。
自分の思い通りの手順で行動します。
それが、どんなに非効率で遠回りなことでも、やりたいようにやらなければできないのです。
本人の気の済むようにやらせます。
いくらこちらの価値観を伝えても、理解されません。
それは、誰もがやがて行く道。
私も、いずれはそういう風になるのでしょう。
好きな時にわが家に来て、息子(ダーリン)がいなくて私だけだとあからさまにガッカリするばあちゃん。
かわいいですよ。
ホントに(笑)

一緒に暮らす家族


私は高校を卒業して、全寮制の看護学校に入学しました。
当時は、札幌市内に自宅があっても全員寮生活だったのです。
わが親と暮らしたのは、たったの18年間。
姑と同居して27年目です。
すごいですね。
結婚して32年、ダーリンと暮らしています。
私の実家は釧路で、300km離れています。
冬の移動は大変なので、5月のGWとお盆休みの2回帰省しています。
ダーリンが嫌がらずに私の実家へ行って泊まってくれるので、ありがたいことです。
私の両親は、ばあちゃんよりも2歳年上です。
いつまで老夫婦2人で暮らしていけるのかと心配ですが、今のところは何とかやってくれています。
両親にとって私はいくつになっても「頼れるお姉ちゃん」です。
3人きょうだいの長女で、末の妹が釧路に住んでいます。
弟は大学から東京で、千葉に住んでいます。
一緒に暮らすことが、何よりの親孝行ですね。
「私のお陰で、両親と同居して親孝行ができるのよ」と以前はダーリンによく言っていました。
でも、最近は、ばあちゃんと一緒に暮らせることに私自身が感謝しています。

ありがとうございます。
嬉しいことがありましたか?
何回笑顔になれたでしょう。
今日も、あなたの幸せを願って。
りょうこ

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